今現在の仁川国際空港

 新型コロナが拡散し始めて1年が経ち、韓国に最後に行ってから間もなく1年が経とうとしています
それまでは1か月行かないと禁断症状が出ていたのに、もう遥か昔の夢のような出来事になりつつあるような気が・・・
 そんな中、仁川国際空港の今を取り上げた記事を発見しましたので、翻訳してご紹介したいと思います

**********************以下、記事翻訳*********************

大韓民国の関門からコロナ防疫のとりでに・・・変わった役割だけ変化した空港

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封鎖されたチェックインカウンター コロナ19により出発飛行機便が減縮した第1ターミナル出発カウンターリモデル工事を理由に封鎖されている。

 大韓民国に居住する誰であれ、海外に行こうとするならば、ここを通過しなければならない。ほかならない仁川空港だ。仁川空港は2001年開港以降ずっと大韓民国の関門役をしてきた。シンがポールチャンイ空港などと共に世界1位空港に何度か選定されるなど仁川空港な様々な名声で人々に記憶されている。誇大な規模のターミナルとして代弁される仁川空港の国際的位置、休暇シーズンになれば、足の踏み場のない人波で埋め尽くされる空港内部、留学あるいは移民に旅立つ出国客たちのときめきと不安が共存する表情など仁川空港を考える時浮かんでくるイメージは各様各色だ。
 しかしコロナ19感染拡大が起こり、仁川空港の姿と象徴も変わってしまった。旅行客たちの笑いとときめきで溢れていたターミナルはウイルスと死闘を繰り広げる空港職員たちと疾病管理庁職員たちの防疫服で代表される一種の「戦場」に変わって、空港の役割も大韓民国の関門から防疫戦争の重要な砦になった。現在仁川空港な国内に入ってくるウイルスを遮断する要衝地としての役割をしている。2月8日、コロナ19と熾烈な戦いを繰り広げている仁川空港を訪問した。

ガラガラに空いた出発飛行機案内板
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▲ 仁川空港第1ターミナル交通センターの様子。モノレール、食堂街、空港鉄道、CGVなどの施設を利用していた出国客数が減り、交通センターも沈黙に包まれていた。

 空港鉄道に乗って仁川空港第1ターミナル駅で降りた。ゲートを出るや否や見えるところはモノレール、CGV、食堂街などが集まっている交通センターだ。過去飛行機に乗るため、地下鉄に乗って空港に来れば、まず最初に出会うことになる場所でもあった。しかし交通センターは仁川空港の利用客数と大きな規模などを考えることが出来ないほど静かだった。

 交通センター内部はより一層沈黙に包まれていた。交通センター内にあるCGVは利用客減少で運営を中断した。モノレールはやはり列車の運行数が急速度で減少して特定の時間帯にだけ運営していた。空港を行き来する常駐職員、食堂街とファストフードチェーン店で働くアルバイトたち、空港鉄道職員たちだけが業務で交通センター内部を行き来するだけだった。

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▲交通センター内部に位置する出発飛行便案内版 多くの空港利用客が到着するやいなやまず先に確認していた案内板。大部分ガランと空いている案内版の姿はコロナ19と共に変化したこの世の意味を見せてくれる。


 旅客ターミナルに入っていく長い通りには出発・到着自動案内版が設置されていた。出国者が一番先にワクワクしながら確認していたこの自動案内版には一時期びっしりと多くの飛行機便が出発と到着を知らせていた。しかしコロナ19以降、国際空港便が中断されて、自動案内版にももはや空白が多くなった。一日あたり10便の飛行機も出発しない現在の状況を克明に見せつける自動案内版の姿は変わった世の中の恐ろしい現実を実感させた。

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▲ 空港鉄道も仁川空港第1ターミナル駅全景 沢山の出国者たちと訪問客たちで溢れていた駅舎は以前に比べ貧弱に見えるほど人の気配が稀だった。

 空港鉄道もやはり駅舎が貧弱に見えるのは同じだった。コロナ19以前までは、直通列車と一般列車に乗る場所がそれぞれ離れていたが、直通列車運行中断以降、利用客はすべて一つのゲートだけ入場する。キャリアを引いて旅行のときめきを話していた人々は消えて、職員たちと少数の海外出国者たちだけが歩みを早めているだけだった。大きい駅舎はまれな人影のため、よりガランと空いて見えるようだった。


 門を閉めるチェックインカウンター
 交通センターから5分ほど歩けば、旅客ターミナルが現れる。旅客ターミナル内部は、以前とは比較できないほど閑散としていた。
エレベーターに乗り上がった3階出発ゾーンの姿が気になってきた。コロナ19以前までは多くの人々のときめきと期待、笑い声で溢れていた3階出発ゾーンの姿だった。仁川空港は訪問客で、また出国者としてもよく訪問したが、私もやはりこの時の記憶を思い出して暫しコロナ19以前の世の中を懐かしんだ。


 そんな状況はエレベーターの門が開くやいなや崩れてしまった。笑いとときめきの場所だった出発ゾーンは、これ以上以前の意味を大切にしまっておく空間ではなかった。国際線の減少1年を超えて持続しながらも出発ゾーンは沈黙の場所に変わっていった。

 出国客がとても多く、空港会社が運営していた荷物がない顧客のための臨時カウンター、急にローミングが必要になった顧客が利用することができた通信会社の出張カウンターも全部門を閉じたまま放置されていた。一部チェックカウンターは工事中であったり、減った需要に適応しようという意味で封鎖されていた。繁忙期シーズン、チェックインのため1時間以上並んだ過去の姿を思いだすのには、疾病が変えた変化があまりにも凄惨だ。

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 ▲ コロナ19と闘う医療陣を描いた壁画 コロナ19と闘っている勇敢な医療陣を慰労して、応援する大型壁画が掛かっている。

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▲ ガランとしている公演場 旅行客のときめく心を鼓舞させた公演場も公演者なくガランとした姿だ。

 2階から3階に上がっていくエスカレーター前には巨大な壁画が訪問客を迎える。去る2020年4月イタリア人画家がコロナ19と真正面で戦う勇敢な医療陣を応援するため、自ら直接制作した大型壁画だ。コロナ19防疫の砦として考えられている空港で英雄とも同じ存在である医療陣が目を合わせて、共に勝利と宣戦を決意している姿のようだった。空港でも大型壁画の中のように、マスクをして死闘を繰り広げている医療陣と防疫当局職員たちの姿が見えた。壁画から描写された偉大さを大切にしまっている彼らは、私ととても近い距離でウイルスとの戦争を忠実に執り行っていた。

 2階を見下ろしてみると、小さな舞台が見えた。仁川空港は旅行客のため毎日ここで音楽、舞踊など多様な公演を開いていた。チェックインを終えて飛行機を待っているとき、聞こえてくる歌声と音楽、絢爛な舞踊は旅行客のときめく心を鼓舞させるのに十分だった。コロナ19により国際線運航が減少して公演もやはり開催するのが難しくなり、熱かった舞台も放置された状態で残っていた。ときめきと幸せだけが溢れていた空港から、沈黙という現象はあまりにもぎこちないことこの上なかった。

ウイルスとの戦争場である到着ゾーン 
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 ▲ 海外入国者たちを迎える到着ホール 海外からやって来るすべての人が初めて出会うことになる到着ホールから、ウイルスとの闘いは始まる。

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 ▲ あちこちに見える海外入国者のための案内文。海外入国者は入国時から守るべき規則が多い。自己隔離のため家または宿泊先まで移動するのにもいくつかの制約が伴う。

 1階到着ホールは本来訪問計画になかった。ウイルス感染の危険性もあるが、海外入国者を対象にしている防疫当局職員を邪魔することができないためだ。しかしちょうどよく訪問時間帯に到着する飛行機がなく、1階がとても閑散としている時間帯に運よく1階でしばしとどまることができた。2020年11月オーストラリアから入国した私に、またその前にも何回もここを訪問していた私には個々の場所は見慣れない空間ではなかった。コロナ19以前までも韓国に到着することを、家に来たことを知らせてくれたときめきの空間ではなかった。

 しかしコロナ19が始まって以降、防疫の戦争場と変わった。3階出発ゾーンから感じられた沈黙と物寂しさとは全く違う緊張感と珍重さが感じられた。海外入国者たちと既存訪問客との接触を遮断するため、あちこちに顧客遮断線が設置されていて、防疫服を来た防疫当局職員と医療陣が時々防疫状況チェックと会議をしている姿が見えた。ウイルスとの戦争を繰り広げている空間が、私に与える重圧感はここにいること自体を怖くさせた。
 
 この日仁川空港に入ってきた航空便は、出発航空便と同じで10便を少し超えた。海外入国客が入ってくる瞬間からウイルスとの戦争が始まる1階、そしてその戦争に臨まなければならない1階の人々は沈黙と決意の姿勢でそこを守っていた。

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▲がらんとしている仁川空港リムジン乗り場 仁川空港リムジン乗り場はガランとしていた。仁川空港に到着した旅行客をそれぞれの地域に異動させていたリムジンバスはコロナ19が始まって姿を隠した。

1階出口を通じて外に出るとリムジンバス乗り場が見えた。コロナ19以前まではいくつかの海外入国者が旅行のときめきと共にいっぱい埋まっていた場所だったこの場所は、コロナ19が強打した後、その他の違う空港施設と同じで沈黙の中に入っていった。大部分のリムジンバスが運行を中断していて、仁川市内に入っていく仁川バスが数台だけがガランとした乗り場道路を過ぎていくだけだった。

変わった仁川空港の姿を経験するのに長い時間は必要ではなかった。大韓民国の関門として多くの旅行客のときめきと幸せ、期待で溢れていた空港の姿はコロナ19と共に。声もうわさもなく消えていき、その場所にはウイルスと闘う人々の覚悟と闘志だ気が残った。いつ頃再び以前のように空港を訪れることができるのか誰も知らない。コロナ19事態が長期化して、人類は覚悟、恐怖など普段ぶつかるのをためらってきた雰囲気と感情と共に生きる方法を学ばなければならない状況になっているともいえる。

仁川空港に春がやって来るのであれば、どんなに長く待たなければならないだろうか。チェックインカウンターで人々を見守る医療陣の勇敢な視線のようにすべて市民の力でコロナ19を克服する美しい結末を固く誓う時だ。

****************以上翻訳終わり*****************

 ということで、仁川空港を頻繁に利用していた私はこの記事に非常に引き込まれました。
本当に次空港を訪問できるのはいつになるのでしょうか・・・

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