徒然韓国日記

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zoom RSS ソウルウォーキングツアー『大学路建築物コース』に参加しました

<<   作成日時 : 2017/05/06 23:02   >>

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 今回の旅行では長期滞在だったので、最初は地方に行くことも考えたのですが、公演スケジュールが埋まっていたので、地方ではなくソウル市内の新たな魅力を発見することにし、ソウル市観光公社が主催してる『ソウルウォーキングツアー』に参加することにしました。

 まず、『ソウルウォーキングツアー』はソウル市観光公社のHPで申し込みすることができます。
HP:http://japanese.visitseoul.net/walking-tour
 コースは多岐にわたっています。時間はほとんどがAM10時とPM2時からで、1コース1人から10人まで対応してくれます。日本語ボランティアガイドさんがついてくれます。

 ということで、本題の『大学路建築物コース』についてご紹介したいと思います

 旅行2日目の4月30日午前10時からのツアーに参加しましたが、参加者は私一人でした
1人でも実施してくれるので、何だか申し訳ないような気もしましたが、かなり贅沢ですよね〜

 このコースは大学、文化のメッカと言われている大学路(テハンノ)に残されている近現代の建築物を見て歩くコースです。
 
 ソウル大学医学部の本部として、事務室、学長室、会議室、講義室などに使用されています。
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 そしてこのエリア一帯は今はソウル大学医学部付属病院のエリアになっております。
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 付属病院は今大規模改修工事が行われている真っただ中なのですが、その奥にはこの後紹介するような歴史的な建造物があるとは想像ができませんが、このエリアは非常に広いのです

 そしてその一つが医学博物館。
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 この日は日曜で休館日だったので、中には入れませんでしたが、昔は「大韓医院」として診療が実際に行われていた建物で、今は当時使用されていた医療器具などが展示されている博物館として活用されています。

 こちらが正面から見た「大韓医院」です。
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 大韓医院は1907年、大韓帝国政府がこれに先駆けて立てた内務府所管の広済院と学部所管の京城医学校付属病院、宮内府所管の大韓赤十字病院などを統合し、議政府直属の医院として設立されたそうです。
 1907年、大韓医院の設立発表と同時に、宅地部建築所の日本人技術者の矢橋賢吉による設計で本館と別室7棟、そして付属の建物などが着工となり、1908年竣工しました。建物が完成するまで、大韓医院は、広済院に置かれ、1910年の日本占領時代の開始と共に、総督府医院になったそうです。1911年には付属医学教習所と改称し、1926年には京城帝国病院に編入し、大学病院となりました。1945年の独立以降は、ソウル大学校付属病院となり、今に至っています。
 現在現存しているのは竣工当時の本館だけになっているそうで、先ほどの工事中エリアの建物も昔はこのような姿だったそうです

 そしてガンセンターの5階に「幸福の庭園」なる展望エリアがあるのですが、ここは正面がちょうど昌慶宮(チャンギョングン)でした
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 昌慶宮といえばあの思悼(サド)世子の「米櫃事件」のあったところでして、去年ウリ両親を連れて行ったところでもあるのですが、昌慶宮が一望できますさらにソウルタワーや北漢山なども一望できソウルの過去と現代を感じられるエリアでした。
 病棟の一角にあるので、実際に入院されている患者さんもベンチに座ってお話をされていたりしました。

 今度は看護学校の近くに、イ・サンこと正祖が思悼世子のお墓を作ったそうで、その跡地を見学。
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 文化財補修工事中でして中に入ることができませんでしたが、大学の一角にこのようなところがあるとは・・・

 そしてこの後は日本統治時代の京城工業専門学校へ。現在は韓国放送通信大学校の本部として使用されているそうです。
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 こちらは以前は韓国文化芸術委員会の本部として使用されていたのですが、地方に移転して、今は「芸術家の家」として使用されています。1階は創作支援センター、企業と芸術の出会いの媒介A&B(Arts&Business)センター、展示空間、コミュニティ ルームなどに使用されています。
2階は韓国文化芸術発展に明確な業績を残した要人を賛える名誉の殿堂、公演芸術分野関連資料1万4000点を揃えた国立芸術資料院のための空間、3階はセミナー室、出版記念会、詩の朗唱会、国際会議などを開催できる多目的ホールで構成されているそうです。
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 そして私にとってはお馴染みの「マロニエ公園」。
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 昔のソウル大学法学部、文理学部があった位置にあります。
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 マロニエ(栃)の木が生えていたことからマロニエ公園と名づけられましたそうです。今は文化芸術の街として知られていますが、大学が移転し、明洞にあった国立劇場が南山に移転した後、その周囲にあった小劇場がこのエリアに移転してきて、今の大学路に至ったのだそうです
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 そして驚いたのがアルコ美術館のこの出入自由な建物構造。
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 周辺住民が簡単に移動できるように、開かれた空間として設計されているのだそうです

 さらに驚いたのがいつも足繁く通っている大学路エリアが、韓国ドラマ『六龍が飛ぶ』でバンウォンたちが拠点として活動していたあの泮村(パンチョン)に当たるということでした
 思悼世子といい、なんだかユ・アイン出演作に縁が深いエリアだわ〜なんて思いながら、行きつけのエリアにまた新しい印象を与えてくれた2時間のツアーでした。

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